大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(あ)770号 決定 1988年4月11日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人和島岩吉ほか五名の上告趣意第一は、憲法一四条違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にして本件に適切でないから、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第三のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はいずれも事案を異にして本件に適切でないから、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第四ないし第六は、いずれも事実誤認の主張であり、同第七は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権により検討するに、一、二審判決の認定するところによれば、被告人は、タクシー等の燃料に用いる液化石油ガスに新たに課税することを内容とする石油ガス税法案が、既に内閣から衆議院に提出され、当時衆議院大蔵委員会で審査中であつたところ、多嶋太郎ほか五名と共謀の上、衆議院議員として法律案の発議、審議、表決等をなす職務に従事していた関谷勝利、寿原正一の両名に対し、単に被告人らの利益にかなう政治活動を一般的に期待するにとどまらず、右法案が廃案になるよう、あるいは、税率の軽減、課税実施時期の延期等により被告人らハイヤータクシー業者に有利に修正されるよう、同法案の審議、表決に当たつて自らその旨の意思を表明するとともに、衆議院大蔵委員会委員を含む他の議員に対して説得勧誘することを依頼して、本件各金員を供与したというのであるから、関谷、寿原がいずれも当時衆議院運輸委員会委員であつて同大蔵委員会委員ではなかつたとはいえ、右金員の供与は、衆議院議員たる関谷、寿原の職務に関してなされた賄賂の供与というべきであつて、これと同旨の原判断は正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦)

弁護人和島岩吉、同植垣幸雄、同寺尾正二、同仁藤一、同田原睦夫、同本井文夫の上告趣意(昭和五八年一二月九日付)

第一、第二<省略>

第三、職務権限、請託に関する判例違背と重大な事実誤認

原判決の判示中、衆議院議員の特定法案についての職務権限と賄賂の成否に関する判断は、従来最高裁判所の判例の存しないところであるが、控訴裁判所としてなした左記高等裁判所の判例に違反する違法がある。

東京高等裁判所昭和三一年二月一七日判決(いわゆる炭管事件における竹田儀一関係部分)

東京高等裁判所昭和三三年二月一一日判決(昭和電工事件控訴審判決芦田関係部分)

一、国会議員の職務権限と賄賂の関係について

1、原判決の要約

原判決は、その二二一頁から二四〇頁file_12.jpgにわたり国会議員の特定法案審議に関する一般的職務権限ならびに密接関連行為について、極めて幅広い解釈を示している。これを要約すると、

①法律案の審議に関し、議員は、本会議における議案の審議に関し、委員会の審査結果と異なる立場で修正案を提出し、あるいは表決に加わることもできるから、委員会で審議中の議案に関しても職務権限を有する。

②自己が所属する委員会に付託された案件については、当然に職務権限を有する。

③自己が所属しない委員会における審査案件については、本会議を通じて之に干渉しうるほか一定の要件の下で自己が所属しない委員会に出席して意見を述べることができ、委員会で廃案の決定があつた議案につき本会議での審議を要求する権限を有する。その限度で権限を及ぼすことができるから、これらの権限もまた職務権限に含ましめるべきである。

④国会議員がこれらの権限事項に関し、他の同僚議員に働きかけ、一定の議員活動を求めるため勧誘説得をする行為は、右の職務権限に密接に関連する行為である。

というのである。

右判示中④の部分を除き、①ないし③の解釈は、現行国会法を根拠に国会議員の一般的抽象的職務権限を論ずる限りにおいては、これを肯定しえないわけではない。

而して、右の解釈が正しいとすれば、国会議員のすべては国会の審査に係属中のすべての法案について一般的職務権限を有するものとなり、その範囲は極めて広大である。さらに密接関連行為として前記④の解釈をも是認するとすれば、国会議員のすべては現に国会に係属中の法律案件について、国会の内外における一挙手一投足がすべて職務権限につながるとの結論を承認せざるをえないことになろう。

2、政治献金と賄賂との関係

ところで、反面これら国会議員に対しては、政治献金が適法な制度として認められ、かつ、その時期的、場所的制限はないのであるから、ある法律案の審査が国会に継続中であつても、その法律案に利害の関係を持つ者が政治献金をなすことを禁ずる制度がある訳ではなく、国民は政治資金規正法の制限に従う限り、何時でも自由に国会議員の後援会等に政治献金をなしうるのである。而してこれらの政治献金が政党もしくは政党に属する政治家の政治活動を支える主要な源泉となつていることも厳然たる事実である。

しかしながら、国会議員の一般的職務権限について前記のような広大なそれを認め、ある法律案について少しでも利害関係のある者がなした献金はすべて賄賂になるという解釈を認めるときは、事実上国民からの大部分の政治献金を禁ずるに等しいことになる。したがつて、如何なる場合に献金がその枠を超えて賄賂と認めうるかという点につき何らかの具体的判断基準が必要となるであろう。

3、職務行為の具体性と対価性

また賄賂罪が成立するためには、職務行為と不法の利益とが対価関係に立たねばならないとされているが、対価性が明白となるためには、職務行為がある程度の具体性を持たねばならない。請託がある場合は、請託の対象である職務行為がより明白に特定されることが必要である。

この点につきドイツの学説の多くは、ドイツ刑法の法文には、請託の概念が用いられていないにかかわらず、それでも収賄罪が成立するためには、職務行為がある程度まで一定していること、もしくは具体性をもつていることを必要とすると解し、その根拠として不法の利益と職務行為とが対価関係に立たねばならないからであるとしており、この点は我国刑法において賄賂と職務権限を考えるうえで注目しなければならないところである。

ところで、収賄罪における職務行為は、どの程度の具体性を持たねばならぬかという点については、これを明確に論じた判例は見当たらないが、その職務の性質によつて具体性の程度が異つてくることは当然であろう。国務大臣のような広い権限を持つ者の職務行為と一定の事務のみを取扱う公務員の職務行為とでは、前者の方がより高い程度の具体性を持たなければ、提供された利益との対価関係を肯定することは困難であろう。

国会議員の場合は、一般的抽象的職務権限としては、前述のとおり極めて広く解しおよそ国会に提案されるすべての法律案について一般的権限ありと解するとすれば国会議員に提供された一定の利益の供与がその職務行為と対価関係にあるとするためには、単に一般的職務権限があるというだけではなく、これに一定の絞りをかけて、実質的にある特定の職務行為が特定の法案の審議に如何なる影響を及ぼすかについて検討しなければ、その対価性を肯定することは困難であるというべきである。

4、東京高裁の判例における対価性の認定

かくして、国会議員に対して提供されたある種の利益が賄賂と言いうるためには、右2、3項に述べた両者の側面からの具体的検討を経なければ、これを賄賂と断ずることはできないことになろう。

この点に関し特に右の論点を意識して明確に判示した判例は見当らないが、左記東京高等裁判所の二判例は、この点を念頭に置き一般的職務権限を肯定しながらも、具体的職務行為と金銭との関係を具体的に検討したうえで両者間の対価の関係を否定しているのである。

しかるに本件原判決はこの点につき何らの判断をも加えることなく一般的職務権限と提供された金員との間に直ちに対価関係が認められる旨判断しており、右高等裁判所の判例に違反するものである。

なお、受託収賄罪における請託にはある程度の特定性を必要とする点については、昭和三〇年三月一七日最高裁判所第一小法廷判決の明言するところである。

(一) 東京高裁昭和三一年二月七日付判決(炭管事件控訴審判決被告人竹田儀一関係)

「抽象的にいえば、国会に提出される為の法律案の作成という事は、提案の前提条件であり議員の職務に密接な関係のある事項というべきである。しかしもとより具体的現実にその法案の作成に関与していなければ、その議員の職務に密接な関係のある事項とはいえないことも勿論である。」

として、当時被告人竹田が衆議院議員として右法案の作成に関与していたという事実を認めるに足る証拠はないとしたうえ

「しからば、被告人竹田は右法案の作成につき何等直接具体的には関与していなかつたもので、又これを左右しうる直接の地位にもいなかつたものである。」

として賄賂性を否定した。

(二) 東京高等裁判所昭和三三年二月一一日判決(昭和電工事件控訴審判決芦田被告分)は「梅林時雄の陳情や調査依頼に対し芦田被告人が、その陳情を受けるとともに、調査を命じた上、通達の趣旨に従つて支払促進に努力すると述べたことは、同被告人の終連総裁たる職務に関する行為とみることができないわけではないが、芦田被告人がそれ以上梅林時雄らの請託実現のため積極的に尽力したことが認められないことは右説明のとおりである。従つて以上の芦田被告人の行為は、極めて軽微な便宜供与であるに止まり、梅林時雄らに対し、それ以上の効果や利益を与えたものということはできないし、昭和二十二年十二月芦田被告人に贈与された本件金五十万円が右便宜供与の対価として贈られたものでないことは、後記認定のとおりである」

旨判示している。

右二つの判例は、ともに一般的抽象的には収賄者側の職務権限を肯定しつつも、右の如き一般的職務権限の存在のみで利益との対価関係を認めることはできないとして、具体的な行為内容を特定して、これとの対価関係の存在を判断しているものということができる。

<以下省略>

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